ろう者の手話と日本語がこれだけ違う!勘違いの多い手話単語

聴者や口話で育った聴覚障害者もびっくりのろう者の手話

ろう者を日本語を話す人だと思って接すると誤解が多くなるかも

みなさん、手話学習ははかどっていますか?
手話は使っていかないとすぐ忘れてしまいますので、
手話話者の人が身近にいないとなかなか難しいですよね。

さて、今回は聴覚障害者の中でもろう者の使う手話が、難聴者や聴者の理解している、
一般的な「日本語」の意味とどれだけ異なるかという点についてご紹介します。

はじめに申し上げておくと、ろう者の手話(日本手話と呼ばれます)の意味を、
日本語に訳して理解しようとすると勘違いや気苦労が絶えません。

ろう者は日本育ちの日本人ですが、コミュニケーションをするときは、
違う言語を話す人だと思うと勘違いも少なくて済むのではないかと思います(笑)

聴覚障害者で手話ができる人でも必ずしもろう者の手話はわからない

日本にいる聴覚障害者は35万人程度とされていますが、
この内手話を第一言語とする人は5万人程度です。

つまり、「耳が聞こえない」と一言に言っても手話しか使わない、
もしくはほとんど手話だけしか使用しない「手話ネイティブ」は少数派です。

それ以外の聴覚障害者はというと、補聴器を装用することでギリギリ聞こえるレベルか、
人工内耳等の手術を幼少期に受けたことで聴力がある程度戻っている障害者です。

彼らはその性格や能力によって大きく異なりますが、
一般的には普通学校や特別支援学級に進学していることが多く、
聴覚障害でありながら普通の学生と同じように生活していることが多いです。

一方でろう学校に進学する場合は手話を積極的に使える環境にあります。
また両親がろう者である場合は「デフファミリー」と呼ばれており、
家庭内で第一言語として手話を多用します。

そうした第一言語としての手話(日本手話)を使う人を「ろう者」と呼び、
普通学校に通う聴覚障害者を一般的には「難聴者」と呼ぶことが多いです。

実は日本手話は日本語に対応していません。
単語としては日本語であるものの、文法が大きく異なり、
また単語の意味も変わっている場合があります。

この日本手話と日本語対応手話(手指日本語)の違いが、
コミュニケーション上障害になることがあります。

例えば、普通学校で育った聴覚障害者が途中から手話を勉強すると、
第一言語は日本語になっているので、通常は日本語対応手話を覚えることになります。
しかし、大学や社会人で聴覚障害者コミュニティーに参加すると違う文法で手話をする人がいるのです。
それぞれあたかも違う言語を話すのでやはりグループも分かれてしまいがちです。

つまり、聴覚障害者の中でも違った手話表現をする人たちがいるんですよね。

そうなると同じ手話でもろう者の手話と難聴者の手話が通じなかったり、
誤解を招いてしまったりするという事態が発生します。

それでは、次に日本手話で日本語に訳したときに勘違いしやすい手話をご紹介します。

ろう者がよく使う手話で勘違いしやすい手話

日本手話:「クビ」

ろう者がよく使う手話に、片手でクビを切る動作をする「クビ」というものがあります。
これはあまりよろしくないジェスチャーのようですが実は日常的にはよく使われます。

(手話辞典を引いても、Googleで検索してもあまり出てこないのですが…)

このジェスチャーは聴者もわかるように「クビ」という意味であまりいい印象はありません。
しかし、ろう者の間では「がんばれ」「しっかり」という励ましのことばとされています。

通訳者などに「通訳クビ!」と言うのはつまり「通訳がんばって!」という意味なのでしょうが、
日本語を理解している人にとってはどう考えても最悪の手話です。

実際に難聴者の人ががんばって通訳をしていたところ「通訳クビ!」とろう者に言われて、
カチンときたという人がいますので、ろう者の人も時と場合は考えたほうがいいような気がします…

日本手話:「まし」

この「まし」という単語も良く使われます。
「今日の通訳者はましだね」というような場合に使われます。

(手話辞典を引いても出ませんでしたが、NHKの手話CGにはありました)

聴者の「まし」という意味は「まあまあ」「前より悪くはない」というニュアンスですが、
ろう者の「まし」は「普通より高い評価」というニュアンスです。

日本手話:「めんどう」

「めんどう」という単語はろう者の口癖です。

本当に面倒くさいからそう言っているとしか思えない場合もありますが、
必ずしも面倒だから嫌だという意味ではなく、
「めんどうだけど嬉しいなあ」というニュアンスもあります。

日本手話:「上手」

これは「そんなにうまくない」という意味です。
日本語でも時と場合によってはそういうニュアンスを含む場合もありますが、
やはりそこまでひねくれた表現は使わないかもしれませんね。

日本語対応手話:「お昼にしましょう」

日本語と日本語対応手話はニュアンスも同じと考えて良いです。
そのため、「お昼にしましょう」と言ったときは「昼ごはんを食べましょう」とか、
「お昼休みをとってください」という意味だと誰しも理解できます。

しかし、ろう者の日本手話ではこうした曖昧な呼びかけはありません。

ご飯を食べるなら「ご飯を食べましょう」ですし、
「お茶にしましょう」ではなくて「休憩しましょう」とはっきり言わないと通じません。

日本語の曖昧さは文化的にハイコンテクストなコミュニケーションで多用されますが、
ろう者にはそうした曖昧な表現は通じませんのではっきりと意思を伝える必要があります。

ろう者を知っている人ならOKだが知らないと誤解される

ろう者でもこうした手話表現をしない人もいる

いくつか実際にろう者が使っていた日本手話の単語を取り上げました。
これらは下記の本でも取り上げられており、ある程度普遍的に使われているようです。

ろう者のトリセツ 聴者のトリセツ ろう者と聴者の言葉のズレ
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今回取り上げた表現は確かに日常的にも使われるのですが、
私の手元の手話辞典には掲載されていないものが多いことからもなんとなくですが、
「ちょっと嫌味過ぎるなあ」と感じる人も少なくないのではないでしょうか。

確かに友達同士の歓談や気のおけない友達の間ではふざけて使うことが多いですが、
ろう者の中でも日本語的にはあまり良くない表現は使わない人もいます。

助け合いの場面が多い中では嫌な思いをさせることも

先程も少しだけ紹介したように聴覚障害者のコミュニティーにおいても、
ろう者のコミュニティーと、難聴者のろう者のコミュニティーがあります。

当たり前ですがコミュニティーの中だけで完全に生活できるわけではないので、
健聴の人の話を通訳する人が必要なときも多いとなると、
ろう者に情報を届ける人がかならず必要になります。

そこで手話通訳者という職業の方が日本語と手話を通訳するのですが、
手話通訳者は少なく職業として成り立ちにくいため十分に恩恵を受けることができません。

そんなとき、よくあるのは手話ができる人が簡単な通訳者になることです。
しかし、ボランティア的に誰か難聴者が手話通訳をかって出たときに、
「通訳者クビ!」と言われると理解はしていてもちょっとがっかりする人もいます

こういう話を聞くとなんだかお互いもったいないなぁと思います。
あくまでお互いの文化やことばを尊敬して表現を考えられるといいですよね。

まとめ

実はあまり知られていない手話話者の間の手話の違いや上手い下手などについて、
ろう者のつかう日本手話の単語の意味をご紹介しました。

聴者の人には「こういう考え方をする人がいる」ということを知ってもらうだけで、
変な勘違いや思い込みで悩むこと無く、人間関係を築きやすいのではないでしょうか。

手話は話者が少ないからこそ、小さなコミュニティーのなかで閉じてしまいますが、
社会においてはろう者ばかりではないために困難もまた大きいところがあります。

こうした不安や恐怖から社会に対してすこしひねくれてしまったり、
嫌味っぽくなってしまうことだって、十分に考えられるでしょう。
(日本手話がそうかはわかりませんが)

そうなる前に、ちゃんと聴者・ろう者・難聴者がお互い出来るかぎり歩み寄って、
価値を与えあうような関係で社会が前進していくといいですね。

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