聴覚障害者の就職雇用状況と配慮すべきこと・起こりがちなトラブル
聴覚障害者の雇用状況および人数
内閣府の平成30年度版「障害者白書」では身体障害者の総数は436万人とされています。
厚生労働省で5年に1回実施される「身体障害児・者実態調査」の最新版(平成18年度版)によると、聴覚障害者数は27万6千人となっています。
前回の平成13年度調査時には30万5千人でした。
*聴覚障害者数には平衡機能障害および音声・言語そしゃく機能障害者数は含んでいません
民間企業の障害者雇用法定雇用率達成率は50%
厚生労働省の平成29年「障害者雇用状況の集計結果」によると、
平成29年の民間企業の雇用障害者数は49 万5,795.0 人であり、
対前年比で4.5%増加しています。法定雇用率は2.0%で、実雇用率は1.97%でした。
法定雇用率の達成企業割合は50%となっています。
聴覚・言語障害者の就職状況
同集計結果の「障害の種類別にみた就業の状況」では聴覚・言語障害者42万人のうち、
就業者は8万7千人、不就業者は30万4千人、回答なし2900人とされています。
聴覚障害者のうち9.9%の3万4千人は65歳以上69歳未満、
57.7%の19万8千人は70歳以上の高齢者のため生産年齢人口(15歳から65歳まで)に該当する、
聴覚障害者数は11万8千人(聴覚障害者のうち30.0%)です。
これらの政府統計から、すべての聴覚障害者就業者が就業可能と考えられる、
生産年齢人口に該当するとすると生産年齢人口に該当する聴覚障害者雇用率は73.7%となります。
また、聴覚障害者の従事状況は以下のとおりです。
聴覚障害者は聞こえないことがコミュニケーション上障害となるため、
管理的職業、販売、サービス業等に従事する割合は他の障害と比較しても少ないことがわかります。
反対に聴覚障害者は身体を動かせるため、
事務や生産工程における労働に従事する割合は高めです。
労働可能な身体障害者の人材は常に不足している
前節において、各種の仮定をおいた上で、聴覚障害者の雇用率を73.7%と計算しましたが、
高い雇用率は聴覚障害者だけでなく身体障害者全般に当てはまります。
身体障害者の雇用は昭和35年の「身体障害者雇用促進法」から進められており、
労働可能な身体障害者の雇用はほぼ実施されているのが現状です。
日本労務学会関東部会6月部会「障がい者活用:雇用からマネジメントへ」において眞保智子教授は「中小企業の経営者の方に身体障害者の雇用について相談されるが、すでに多くの身体障害者は雇用されており人材は集まらないと説明している」とおっしゃられていました。
聴覚障害者についても就労可能な多くの方がすでに企業や官公庁などで雇用されています。
2018年から精神障害者(精神障害者保健福祉手帳所持者)の雇用義務化が実施され、今後の障害者採用は精神障害者を中心に広がっていくことが予想されます。
障害者雇用にまつわる法律について
日本における障害者雇用は「障害者雇用促進法」に基づく、法定雇用率制度を採用しています。
特例子会社制度
事業主が障害者の雇用に特別の配慮をした子会社を設立し、
一定の要件を満たす場合には、特例としてその子会社に雇用されている労働者を、
親会社に雇用されているものとみなして実雇用率を算定できる制度です。
- 障害の特性に配慮した仕事、環境の整備が可能
- 上記の理由により定着率が高まる
- 障害者受け入れの設備投資を集中できる
- 親会社と異なる労働条件の設定ができる
- あえて業務の切り出しをする必要がある
- 特例子会社に任せるためのまとまった業務量が必要
- すべて障害者として一括りにしてしまうと、障害者側からの反発が想定される
ダブルカウント制度
障害者雇用率を計算する際、
重度の身体障害者・知的障害者は1人を2人としてカウントします。
短時間重度身体障害者、重度知的障害者は1人としてカウントします。
なお、短時間労働者は0.5人としてカウントすることと規定されています。
重度身体障害者・知的障害者とは、身体障害者手帳 1 級及び 2 級に該当する障害者、
療育手帳の場合は A に該当する障害者を指しています。
精神障害者の場合は精神障害者保健福祉手帳がありますが、
障害の程度によらず1人としてカウントします。
在宅就業障害者特例調整金
在宅就業障害者又は在宅就業支援団体に対して仕事を発注し、
業務の対価を支払った場合は「在宅就業障害者特例調整金が支給されます。
詳しくは独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構のWebページを御覧ください。
参考
チャレンジホームオフィス独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構
障害者雇用率未達成事業主に納付義務が発生します
障害者雇用の法定雇用率を満たさない企業からは納付金を徴収し、
法定雇用率を満たす企業には納付金を原資に調整金を支払う制度が成立しています。
2018年8月現在、常時雇用している労働者数が100人を超える障害者雇用率(2.2%)未達成の事業主は、法定雇用障害者数に不足する障害者数に応じて1人につき月額50,000円の障害者雇用納付金を納付しなければならないこととされています。
*常時雇用している労働者数が100人を超え200人以下の事業主については、平成27年4月1日から平成32年3月31日まで障害者雇用納付金の減額特例(不足する障害者1人につき月額「50,000円」を「40,000円」に減額)が適用されます。
参考
障害者雇用納付金制度の概要独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構
戦後の障害者雇用の歴史
障害者雇用促進法の年表は以下のとおりです。
年号 | 概要 | 法定雇用率 |
昭和35年(1960年) | 身体障害者雇用促進法制定 | 1.1% |
昭和51年(1976年) | 身体障害者雇用の義務化 | 1.5% |
昭和62年(1987年) | 障害者の雇用の促進等に関する法律:障害者雇用促進法 | |
昭和63年(1988年) | 法定雇用率引き上げ① | 1.5% |
平成9年(1997年) | 知的障害者雇用の義務化 | |
平成10年(1998年) | 法定雇用率引き上げ② | 1.8% |
平成18年(2006年) | 精神障害者および短時間労働者を対象に | |
平成25年(2013年) | 法定雇用率引き上げ③ | 2.0% |
平成28年(2016年) | 差別禁止・合理的配慮提供義務 | |
平成30年(2018年) | 精神障害者雇用の義務化 | 2.2% |
平成30年(2018年) | 2018年4月1日から3年を経過するより前に引き上げ | 2.3%(予定) |
もともとは復員軍人や傷痍軍人の職業更生を契機に進められた国家施策でした。そのため初期はあくまで身体の不自由な身体障害者を対象としており、内部障害や視覚聴覚障害者、精神障害者は除外されていました。
しかしながら、身体障害者雇用促進法が施行されると、法定雇用率引き上げに加えて、
障害者の範囲を身体障害者から知的障害者にまで徐々に広がり、
2006年には精神障害者も対象になりました。
2016年には障害者差別解消法が成立し、障害の特徴や場面に応じて、
障害や困難を取り除くための合理的配慮がすべての事業者に求められています。
それでは次に聴覚障害者職場に受け入れる際に考えられる出来事の例をご紹介します。
聴覚障害者と仕事上考えられるトラブル
(1)指示の内容がきちんと伝わっていなかった
佐藤さん(仮名)
もものすけ
- 仕事を任せるときは復唱させる。
- 大事なところはメールで伝える。
- 箇条書きにする。など
(2)話しかけたはずなのに認識されていなかった
井口さん(仮名)
自分はレジ係で、裏に行くことが出来ないので聴覚障害を持っている子に急ぎで裏から在庫を取ってきてほしいということをレジの方に走りながら声をかけてお願いした。
しばらく待っても在庫が運び込まれる様子がない。
お店が落ち着いてから、なんでお願いしたのに持ってきてくれなかったの?と聞くとそもそも聞いてない。の一言。さっきお願いしたのに!
もちろん、自分の名前を呼ばれていても話かけられているということに気付かなければ聞こえていません。
もものすけ
- あなたに向けて喋っていますということを正面から話をして、しっかり理解させること。
- きちんと内容を理解しているかどうかを理解させる時間を作ること。
きちんと確認して話をしないと、聴こえていない場合があります。
(3)話を聞いてくれてはいるものの、内容が聞こえていない
ニコニコ笑って返事はしているもののよく分かっていないようだ。やっぱりコミュニケーションを取るのは難しいのかな。
小沢さん(仮名)
もものすけ
- 突然話しかけるのではなく、徐々に関係を構築していく。
- 段階を追って、話をしたほうが理解してもらいやすい。
(4)飲み会に参加しない新人
若林さん(仮名)
もものすけ
そのため飲み会等の席では全く聴こえていない人が多いのです。
彼らは飲みニケーションどころではなく、ただ聞こえていないにもかかわらず頷いたり、空気をよんで拍手したり、笑ったりしなければならないことが多いのです。
補聴器そのものも、人間の耳のように聞きたい音だけを無意識に選択してはくれず音全てを拾うため、飲み会のような席では音が割れています。
彼らは、音は聞こえているけれど話が聴き取れないだけなのです。
*不快閾値については以下のサイトをご参照下さい。
参考
補聴器を耳に合わせる際に使われる不快閾値測定とその活用方法2つの視点で補聴器販売をしている難聴者の耳・補聴器ブログ
- 飲み会等に無理に誘うことはせず、普段の職場内のコミュニケーションで関係を築きましょう。
聴覚障害者とのコミュニケーションで配慮すること
- 聴覚障害者と話すときは、しっかりと顔を見て話す。(口や表情を読むためマスク等はとる)
- 話に脈絡をもたせる。
- 大事なことは口頭ではなく、文章で。(メールなど)
- 警戒させないこと。コミュニケーションが円滑になるためには少し時間が必要。
- 相手の声の質によって、聞き取りやすい人。聞き取りにくい人がいる。
- 健聴の人より差が顕著。差別しているわけではないことを理解してあげる。
筆談だけじゃない聴覚障害者の職場でのお役立ちアイテム
職場で聴覚障害者が働きやすくなるツールをご紹介します。
最近はコンピュータを業務で使うことが多くなり、メールで要件を済ませることも多くなりました。メールはリアルタイム性が少ないコミュニケーションツールですが、チャットワークやSlackのようなビジネスチャットアプリを使うことで、メンバーがリアルタイムでコミュニケーションを取れる仕組みを導入しているところも多いです。
またスカイプはビデオ電話が簡単にできるので、見る言語である手話を使う聴覚障害者にとっても大変便利なツールになりました。しかしながら、実際に会社で働くとなると顔を会わせたコミュニケーションが求められます。
そのためいくら便利になったとは言えリアルなコミュニケーションは欠かせないのです。これまで聴覚障害者は読話や筆談などでコミュニケーションを図ってきましたが、最近は新しいツールも開発されているので今回はこれらをご紹介します。
ブギーボード(キングジム)
ブギーボードは子供用のお絵かきおもちゃのようにタッチペンで画面に書くことが出来るツールです。
電池の持ちがとても良いのと、手軽にコミュニケーションをしたいときに使えるのでとても便利なため、聴覚障害者のマストアイテムです。
ある会社では、聴覚障害者対応のために会社の備品としてブギーボードを導入したところ、一時的なメモに役立つことから普段の業務にも活用されていると伺いました。
筆談用メモ帳+(Androidアプリ)
こうしたアプリは他にもUDトークやこえとらといったものがあります。
スマホで文字を入力できるので、若い人がよく使います。
このアプリの良いところは対面の人が読みやすように対面で表示できるところです。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
障害者雇用が進む中で、聴覚障害者の方の力を発揮してもらうには、
人事や受け入れ先となる職場の方も聴覚障害についての基礎知識を持っていると、
聴覚障害者も安心して仕事に取り組めます。
いちばん大切なことは最初から手話通訳や筆談のようなハード面に頼るのではなく、
毎日顔を合わせる同僚の方の障害に対する理解を深め、
聴覚障害者の希望する支援方法と周囲の人や会社ができる支援を話し合うことが大切です。
仕事上で考えられるトラブルの具体例は非常に重要だと思います。
お互いに大切にしたい気持ちを持ちながらも、うまくかみ合わないのは残念です。
聴覚障害者の人の状況や気持ちを、多くの人が知った上で対応すれば、みんながしあわせになれます。
このコラムが多くの人の目に触れますように。