【News】再生医療による難聴研究の最前線

再生医療による難聴研究の最前線

再生医療と難聴

再生医療とは細胞を用いて体の組織を再生する医療

みなさんは「再生医療」ということばを知っていますか?

なんとなく聞いたことはあってもいまいちピンときませんでした。
「iPS細胞」「ES細胞」などなど、日本がリードする技術であり、
世界的にも注目されている分野です。

基本的には幹細胞といういろいろな部位に変化する細胞を使って、
臓器や組織を再生することで、
失われた体の機能を回復させる医療の方法です。

そのための細胞の種類が先程取り上げた、
「iPS細胞」や「ES細胞」ということになります。

これまでの医薬は化学合成によって作られた薬を服用、投与することで、
体の回復を助けるというのがメインでした。

しかし、再生医療においては体が元々持っている回復機能を用いることで、
これまで治療が難しいとされていた病気にも用いることができると期待されています。

今回は私達に身近な難聴と再生医療の研究について、
少しだけご紹介したいと思います。

日本もリードする世界の再生医療による難聴研究

進行性難聴ペンドレッド症候群に対するiPS創薬研究(慶應大)

ペンドレッド症候群の概要と難聴症状について

ペンドレッド症候群(Pendred症候群)は常染色体劣性遺伝の疾患で、
先天性難聴と10歳以降に甲状腺腫を合併する病気です。

遺伝性難聴の中でも2番目に患者数が多い病気です。

多く(80%)の症例で内耳に奇形が観察されます。
現在国内に約4千人の患者さんがいます。

難聴としては、先天性あるいは小児期からの両側性(両耳)高度感音難聴です。
進行性が見られることも多く、めまい等の平衡機能障害も起こります。


参考
ペンドレッド症候群難病情報センター

現在のペンドレッド症候群による難聴治療

先天性難聴であることが判明した場合、
その他の難聴と同様に補聴器や人工内耳の装用による聴力の活用を検討します。
同時に言語訓練を早期(生後6ヶ月までに)に実施します。

難聴児の言語発達は4歳までに急成長するため、早期の補聴と訓練が必要です。
突発に症状が現れた場合は突発性難聴の治療を行います。

ペンドレッド症候群の起こる内耳は検査が難しい

これまでペンドレッド症候群を始めとする内耳に障害が発生する、
いわゆる「感音難聴」の多くは治療が難しいとされてきました。

それは耳の奥に位置するための直接観察ができないということ、
また、内耳がとても小さな器官であるために観察が難しいからです。

iPS細胞は身体を構成するすべての組織に分化する不思議な細胞

ノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学の山中伸弥教授の発見した、
iPS細胞は体の細胞すべてに変化する可能性をもつ性質をもっています。

そこで慶應大学の研究者はまずヒトのiPS細胞から内耳をつくる、
内耳細胞を作成し、さらにその一部である蝸牛をiPS細胞から作製しました。

一般的な医学研究においてはまずはマウスで同じ症状を示す個体を作ります。
これはヒトでは実験できないからです。

しかし、ペンドレッド症候群の患者さんと同じ遺伝子変異を施したマウスには、
進行性難聴の症状が見られずにいたため病気の研究が進みませんでした。

今回の研究ではペンドレッド症候群の患者さんの血液からiPS細胞を作り出し、
健常者のiPS細胞と比較しました。

その結果、ペンドレッド症候群の患者さんのiPS細胞にはペンドリンという、
パーキンソン病やアルツハイマー業などの中枢神経障害を呈する疾患に、
多く見られるような物質が形成されることがわかりました。

また、細胞が死にやすい状態になることがわかりました。

オートファジー促進作用のある薬が細胞死を防ぐ発見

ペンドレッド症候群の患者さんの内耳の細胞は非常に脆弱であるために、
その機能が弱くなってしまい、結果として難聴の症状が現れていたのです。

そこで、研究チームは細胞脆弱性を改善する薬を探しました。

結果としてはメトホルミンとラパマイシンが脆弱性を改善したのです。
これらの薬剤はオートファジーを促進する作用があることがわかっています。

オートファジーはノーベル生理学・医学賞を受賞した、
東京工業大学の大隅良典教授の主な研究分野で、
細胞のタンパク質を分解して再利用する機能のことです。

活性酸素やDNAの損傷を受けたときに細胞を守るため働きをしたり、
異常タンパク質の除去を行う働きを持っていることがわかっています。


参考
細胞が自分を食べる「オートファジー」
病気にも深くかかわる生命現象の謎に迫るWAOサイエンスパーク

この研究ではこれまで具体的な原因が不明とされていた、
感音性難聴、つまり内耳に原因のある進行性難聴の研究として、
iPS細胞を使ったことで細胞が死亡することによる「内耳変形」が起こっている可能性を視野に入れて、
他の遺伝性難聴疾患の原因の解明および治療法の開発を進めています。


参考
内耳性難聴に対するiPS創薬研究-新規病態の発見と治療薬の同定- 藤岡 正人、細谷 誠(耳鼻咽喉科)慶應義塾大学病院 医療・健康情報サイト

Hosoya, Makoto, et al. “Cochlear cell modeling using disease-specific iPSCs unveils a degenerative phenotype and suggests treatments for congenital progressive hearing loss.” Cell reports18.1 (2017): 68-81.

内耳再生研究・内耳細胞からの有毛細胞の分化研究(京都大)

複雑な内耳機能の重要な要素である有毛細胞

先程の慶應大学の研究でも「内耳」が注目されていました。
ちょっと背景の説明が足りなかったかもしれませんので補足しますね!

みみなびの読者の方は何度も見かけた図ですが耳の構造として、
大きく外耳、中耳、内耳の3つに分かれています。

よく聞く「中耳炎」というのは下の図で言うと、
青色の部分が炎症を起こしている病気ですね。

当たり前なのですが、中耳と内耳はお医者さんでも見えません。
よって鼓膜の炎症や鼓膜の奥の体液を確認して診断を行っています。

 

今回研究対象となっている「内耳」というのは最も奥に位置する部分です。
平衡機能を司る「三半規管」と聴力を司る「蝸牛」があります。

どちらも「リンパ液」という液で満たされており、
その液の傾きや振動を「有毛細胞」という細胞でキャッチすることで、
音や平衡感覚を神経細胞に伝えていくのです。

一般的には有毛細胞が一度失われると再生は困難であると言われています。

有毛細胞が失われる外的な要因としては騒音が挙げられます。
ヘッドホンの長時間の装用や工事現場などの騒音、飛行場の騒音等で、
聴力が低下することは過去の研究から明らかにされています。

また、加齢による難聴「加齢性難聴」と呼ばれるものも、
有毛細胞が失われてしまう事による難聴症状です。


参考
有毛細胞e-ヘルスネット

内耳へ直接細胞を導入する方法を研究

再生医療で新たに有毛細胞が作れたとしても、どのように耳に入れるのでしょう。
耳は非常に複雑かつ小さいためにその導入方法が課題になっています。

京都大学の研究チームではES細胞を蝸牛神経質に導入して、
その定着を確認する研究成果を発表しています。

有毛細胞が外部から導入されて定着すれば何が良いのでしょうか。

感音難聴の原因として有毛細胞が失われてしまうことがあることは、
先程、少しだけご紹介しましたが、
有毛細胞が失われると聴神経までもが失われてしまうのです。

ただ、人間の場合はすぐには聴神経は退化しないため、
早期に聴神経を刺激することができれば聴覚は獲得できます。

生後6ヶ月以内に言語訓練を行う必要があるとされているのは、
聴神経を刺激し言語訓練によって脳の言語を司る部位を刺激することで、
可能なかぎりその聴覚障害による影響を軽減することができるからです。

再生医療による有毛細胞や聴神経の回復が実現できれば、
より早期に聴力を維持することができるようになるかもしれません。

感音難聴に対する成人嗅覚幹細胞の移植(ニューサウスウェールズ大学)

マウスへの幹細胞の移植による影響を研究

オーストラリアのニューサウスウェールズの研究者らは、
感音難聴を予防回復させるための治療法として幹細胞の移植を行う研究をしています。

STEM CELLS JOURNAL誌に掲載された論文によると、
実験用マウスの蝸牛にヒトの嗅覚粘膜由来幹細胞を移植することで、
1ヶ月後の検査において聴覚機能の向上が見られたと発表しています。

この移植された細胞は、外リンパ内においては定着したものの、
蝸牛組織には統合されなかったと報告されています。

成体幹細胞は失われた細胞を再生させることができる

先程紹介したiPS細胞は「多能性幹細胞」とよばれており、
体のあらゆる部位の細胞に分化することができるとされています。

ES細胞は胚から作られる多能性幹細胞で、
余剰胚を利用しているものの倫理面から国内では研究が円滑に行えない、
という点が科学者から指摘されています。

また、こうした外から持ち込まれる細胞は他人の細胞ということで、
腫瘍等に変化しやすいことが指摘されています。

今回の研究で使われた「成体幹細胞」は自分の細胞を使える可能性がある、
という点が一つの研究の売りになっていると考えられます。

しかし、この成体幹細胞は多分化能という点から見れば、
ES細胞やiPS細胞ほどの柔軟性は備えていません。

この研究では幹細胞の移植のため蝸牛の側壁を切開し、
マウスに注射したとされています。

結果として移植された幹細胞は少なくとも2週間蝸牛内で生存したのですが、
細胞が蝸牛に定着はしなかったとされています。

Pandit, Sonali R., et al. “Functional Effects of Adult Human Olfactory Stem Cells on Early‐Onset Sensorineural Hearing Loss.” Stem Cells 29.4 (2011): 670-677.

まとめ

現在、再生医療を用いた難聴研究が日本の研究チームを筆頭に、
世界中で進められています。

これまでは一度失われた細胞はもとに戻らないとされていましたが、
再生医療によって失われた細胞を復活させることが可能になりつつあります。

難聴の原因は様々ですがおおよそ感音難聴の多くは、
有毛細胞が失われていることによって起こっていると考えられます。

人工内耳は蝸牛に直接電気信号を伝えることで、
聴神経への伝達を可能にするテクノロジーですが、
再生医療によって自分の耳の有毛細胞が蘇るかもしれません。

一方で内耳はとても複雑な器官のため困難も多いです。
一番は「如何にして細胞を内耳に届けるか」という問題があります。

手術をするにしても腹部などと比較して、小さく、届きにくい部位ですので、
できるだけ患者さんの負担の少ない方法で再生医療が行えると良いですよね。

まだまだ時間はかかりますが、再生医療による難聴改善ができるようになる、
そういう時代もものすごく遠くはないのかもしれません。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です